逆、なのか。

1
逆、か。

自分の存在価値は、意図して作り上げるものではないんだ。

自分の存在価値を高めるために→こんな努力をしていこう
とか、
自分の存在に価値を感じられるようになるため→こんな生活を送ってみよう
ってのは、根本的に間違っていて。

本当に正しいのは、

自分の存在は無条件に価値がある→だからこんな行動を取っていこう

って順序なのか。どうも私は、勘違いをしていたようだ。

自分の存在価値っていうのは、無条件に「ある」ものとして保証されていなければならないんだ。たとえどんなことがあったとしても、仮に自身の存在価値を示すための具体的な根拠が何も思い付かなかったとしても、「価値がある」ということは必ず、絶対的なものとして保証されるべきものであって。

そこには、いかなる疑念の介在も許されないものなんだ。そんなこと、とうの昔に知っていたつもりでいたけれど、その実、全然分かってなかったんだ。
 

2
自分自身の存在を肯定するのに、理由は要らないのだ。理由なんて、何もなくたっていい。

ただ無条件に、自分はこの世界に生きていても良いのだと、それだけを信じていればいい。
そのことに関しては、いかなる反論も必要ない。

たとえ頭が悪くても、人から好かれていなくても、お金がなくても、性格が悪くても、異性からフラれ通しでも、失敗ばかりの人生を歩んできていたとしても、

自分の存在価値そのものは、否定されるものではない。正々堂々、自分の存在価値はあると、自分の中で宣言し続けてしまってよい。

例えば、

頭が悪い→だから自分の存在に価値はない(価値を感じない)
っていう思考回路や、

人から好かれないから→自分の存在に価値は無いんだ
っていう思考回路に関しては、間違っている。

頭が良かろうが、悪かろうが、
人から好かれていようが、好かれなかろうが、

その人の存在価値というものは、絶対的に「ある」ということで決まっている。その事実だけは、否定されてはならない。

自分の存在価値を証明するために→悪い頭を改善しよう
自分の存在価値を認めてもらうために→人から好かれるための術を身に付けよう

っていうのは順序が逆。思考が逆。

“自分の存在には価値がある”

という大前提が先にあって、

その上で、
もっと自分の価値を高めたいから→悪い頭を改善しよう
もっと自分を好きになりたいから→人から好かれる術を身に付けよう

といった順番で思考するのが、正しいんだ。

たしかに、人間関係につまずいていたり、人生が取り分け上手くいっていなかったりするタイミングでは、

「そんな自分に価値なんか感じられないよ」

と言いたくなるかも知れない。けれども事実、人間関係や人生の躓きといったものは、自らの存在価値というものを決して脅かしはしない。どんなことがあっても、
“自分の存在価値”
というそのものは、「ある」ことに決まっている。そこだけは絶対、忘れてはいけない。

 
3
「自分を受け入れる」という言葉があるけれど、あの言葉は、

「自分の存在価値は、無条件に“ある”もの」

と、自分で決めてしまっていることを言うのだろう。

だからこそ、たとえ自分自身に何かしらの欠点や弱点があったとしても、それらをひっくるめた上で、
「でも自分のことは好きだ」
と、自分を肯定することが出来るのだ。

従って、自身の欠点や弱点を理由に、自分のことを心から嫌いになってしまったり、自分の存在価値が根底から否定されたような感覚に陥ってしまったりせず、過度な自己否定に襲われてしまうことなく、

「それも含めて自分だから」

と、堂々と生きていられるのだ。

 
4
自分の存在価値が無条件に「ある」ものとして決まっている人は、自分を過度に中傷しないし、自分自身を基本的に大切にしようとする。だからこそ、そうした人には

①自分に否定的な言葉を掛け続けない
②自分に肯定的な態度を取り続ける

という基本姿勢が備わっているのだろう。

「自己否定感の克服」をテーマにしたとき、その多くの書籍で、
「自分にとって好きなことを人生に取り入れていきましょう」
とか
「自分で自分を傷付けるのをやめましょう」
といった記述があるのは、上記のことが大前提としてあってのことなのかも知れない。

ある人の言葉に、
「性格が変わるから行動が変わるのではなく、
行動が変わるから、性格が変わるのだ」

というものがあるけれど、これに当て嵌めて考えるなら、

はじめに、
「自分はこれでいい」
「自分の存在価値は間違いなくある」

という信念が大前提としてあって。そうした前提を持つ人達は、

①自分に否定的な言葉を掛け続けない
②自分に肯定的な態度を取り続ける

という行動を(意図するしないは別として)心掛けている。
だからこそ、自己否定の強い人はまず、

「自分の存在には価値がある」

という信念を(最初は嘘でも半信半疑でも良いから)持つようにして、

その上で、
①自分に否定的な言葉を掛け続けない
②自分に肯定的な態度を取り続ける
という行動によって、自己否定の強い自らの性格を変えていくのが、正しい改善の仕方である

といったところか。

自己否定感の強い人の特徴の一つに、「自分に厳しく否定的な言葉を掛けすぎてしまう」というものがあって。

自己否定感の強い人は、自分が何かの失敗をしたり、嫌なことがあったりしたときに、過剰に自分のことを「ダメだ、ダメだ」と責めては、中傷してしまう傾向にあるのだけれど、

こうした「ダメ出し」の思考は、なんと無意識の内に行われてしまっていることも多い。本人の知らず知らずのうちに、自らに対して、「ダメだ」「生きている価値ない」といった否定的な言葉を掛け続けてしまい、そうしてますます、自分に対する自信が失われてしまうという負のループに陥ってしまっているのだ。

 
先の
①自分に否定的な言葉を掛け続けない
というのは、こうした自分自身への「ダメ出し」に意識的になり、もし、自らが自分のことを責めそうになっているのに気が付いたら、

「その都度、自身が否定的な言葉を掛けてしまうのを意図的に止める」

といったアクションを取っていくことを意味している。

この一つを心掛けるだけで、自己否定感をする機会がかなり減って、随分、気持ちが楽になってくるはずだ。

さて今度は、自分が「楽しい」とか「充実する」と思うものを、人生の中に積極的に取り入れていくことも大切だ。

「自己否定を意図的に止める」ことを心掛けながら、同時に人生の中で、
自分自身の「好き」や「喜び」、「充実」や「成功」、「成長」といったプラスの要素と繋がるよう心掛けていくことで、ますます自己肯定感が強化されるようになる。

これが、②自分に肯定的な態度を取り続ける
に関する具体的なアクションだ。

そうして、①②の両行動の根幹には、
「自分の存在価値は“ある”ものと決まっている」
という事実への理解がある。初めは嘘でも良いから、たとえ何があったとしても、「自分の存在価値は“ある”ということで間違いない」と自身に言い聞かせ続けることが大切だ。
 

5
改めて。

「性格が変わるから行動が変わるのではなく、
行動が変わるから、性格が変わるのだ」

っていう言葉があるけれど、この言葉の通りに「自己否定感の改善」についてまとめるなら、

自分の存在価値は「ある」と決まっている

という揺るぎない確信(最初は嘘でも半信半疑でも何でも良いから、自分にそう言い聞かせ続ける)のもと、

そうした「確信」を持つ人々の取る行動二つ
①自分に否定的な言葉を掛け続けない
②自分に肯定的な態度を取り続ける
を意図的に自らも選択し続けることで、次第に、

自分の存在価値は「ある」と決まっている

という事実が、了解されてくるようになる。

これが、
自己否定をやめ、自分に対する自信を取り戻すための最良の方法
ということになるのだろうか。

 

ああ。
真実は、今までの私の論理とは「逆」だった――かも、知れない。

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