古代ギリシャ社会において、都市国家の富裕層はその経済力に物を言わせ、労働を奴隷に負担させた。
そして、労働をする必要の無くなった彼らは空いた時間(暇という)で、哲学に耽ったという。この暇における哲学が、後のソクラテスやアリストテレスといった偉大なる哲学者を生んだのは有名な話である。
さて、時は現代。
小さな企業に勤める私は、その残業の少なさと無計画に取得した気分本位な有給休暇に物を言わせ、こちらも神聖なる暇を生み出した。
が、しかし。
暇を生み出したはいいものの、私はギリシャ人のように哲学をしない。私が暇の時間に考えることと言えば、いつもロクでもないことばかりであり、今日も憂鬱なテーマについて考察していた。それは「私の市場価値」についてである。どうやらこの様子では、私の頭からはソクラテスやアリストテレスのような哲学者は生まれそうにない。せいぜい生まれるのは、偏屈で性格の捻じ曲がった「暇人」ばかりである。
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私は先日から、自身の「市場価値」について直視する機会を得た。そうして、見事に絶望した。私は年収300万円ちょっとを稼ぎ出すのが精一杯の人間であるという事実を、実感を以て知らされたからである。
私は、小さい時分より、父から「偉い人間になれ」と言われ続け、大きくなった。「偉い人間になれ」というのは換言すると、「よく稼ぐ人間になれ」ということとほぼ同義である。
よく稼げるようになるには、まず勉強だ、ということで私はそれなりに学校の勉強をやったつもりである。その努力はいつしか身を結び、私は、己の地力からは到底考えられぬ水準の大学に入学することとなった。
入学当初はそれでも不満だった。私はもっと上の大学に行けると自惚れたものだった。しかしそれは今にして思うと、恥ずかしいほどの倨傲だった。私は、己の地力を遥かに上回るその大学で、高過ぎたプライドそのまま、見事に落ちぶれた。ついでに言うと、自らの背負った精神的な未熟さも手伝って、その大学では、転落しなくていいところまで転落してしまったように思う。
けれども、そこからは私なりに這い上がってみせた。一時はこの命さえ投げ出そうとさえした状態から、今となっては一応、職を得て自立する段にまで持ち直すことができた。ここまで来られたのは身近な人の支えと、幾許かの幸運に恵まれたことが勿論大きな要因の一つにある。しかし何より、私が周囲と幸運の力に支えられながらも、自らの力でも立ち上がってやろうと必死にもがき続けたからこそ、今の私がある、というのも事実だと思う。
私は私なりに、頑張った。その内容は、他者からすれば「何をそんなに頑張ったと言えるのだろう」と訝りたくなるものかも知れない。何故なら、傍から見れば私の姿は見かけ上、一歩の前進も見せていないように映るからである。私はそれを重々承知しているつもりである。私の「頑張り」というものは、マイナスの方向に振り切れた針を一所懸命、1ミリでも2ミリでも0に近付けるような地味な作業であった。けれどもその作業は非常なる大骨折りだった。それはもう、大変なものだった。
だからこそ。
それを乗り越えた先に待つ景色は、鮮やかなものに決まっていると、どこかで思い込んでしまった。私には、愚かにも将来を楽観視しているところがあった。過去にあれだけの苦労をしたのだから、この先にはきっと、何かご褒美が待っている、と。
馬鹿だよねえ。
「現実は人に同情してくれない」という事実を、自分がよく知っているはずだったにも関わらず。
私は入社してからというものの、そうした自身の過去の頑張りと経験を活かしつつ、仕事に取り組んできたつもりであった。これまで出してきた成果についても、順風満帆でない人生を歩んできた私だからこそ出せたものもあったと自負している。しかし、私という一従業員が、仕事にどうやって取り組んでいようが、その成果にどんな自負を持っていようが、300万は300万であった。どんな経験をしていようが、今やっている仕事で貰える金額は、300万なのである。
そんなことは、就職する前から決まっていたこと。知っていたこと。
だが当時の私は、それを大きく悲観してはいなかった。
何故か。
私は、自分が何か特別なものを持っていると自惚れていたからである。
そうした、
「自分が持っているはずの特別な何か」
を通じて、ゆくゆくは300万以上のお金を稼げるようになると皮算用していたのである。
その一つが、心理職になるという選択肢であった。私は過去、メンタル面において並一通りでない経験をしたわけだから、心理職ではそうした経験が今の仕事よりも一層、活きるのではないかと思っている。しかし臨床心理士(公認心理師も然り?)の年収のボリューム層は300〜500万とある上、正規採用は狭き門。多くの人は非正規雇用で幾つかの業務を掛け持ちしながら生計を立てるというのが実情である。
私も若い頃であれば、「狭き門」と聞くと「よし!僕はやってやるぞ!」と、厳しい現実を寧ろ努力の活力にする元気があったが、悉く勝負事に敗れ続けてきた今の身となっては、人から「厳しい」だの「狭き門」だのと言われると、「ああ、私には間違いなく無理なのだろう」といった現実的な思考が湧き起こるばかりである。そしてその予想は概ね当たっていると思っている。
ただ、私が悲嘆に暮れる本当の要因はそんなことではない。私が本当に悲嘆に暮れたのは、
「“福祉職や心理職で稼げなくても、今こうして運営しているブログが、自身の経済において何らかの希望を与えてくれるのではないか”
という、今となっては何の根拠もない幻想を裏切られた」
という事実を知ってしまったことなのである。
その事実に気付かざるを得ない状況になって、ようやく、自身の置かれた状況・身分を客観視するようになった。(「その事実に気付かざるを得ない状況」については、後の記事で詳述するつもりである。多分、皆さんの驚くような思い切った記事になると思う。)
「ブログが私の経済に希望を与えてくれる」
という幻想が打ち砕かれ、己の身分を客観視せざるを得なくなった私は、自身の市場価値というものについて、否が応でも考えねばならなくなった。ブログで稼げぬなら、私の市場価値は
「年収300万の男」
のみである。
私は必死になって、ブログ収入を得る手立てはないか、無い頭を働かせて何日も考えてみた。そして、何の手掛かりも得られぬまま、今日に至っている。
そうして、私は今、とても凹んでいる。最近は食が細くなった上に、夜眠ると高い確率で自身の無力さを痛感せられる夢を見るようになった。
私は年甲斐もなく、自分は何か特別なのだと思っていた。自分は何か特別なことを書けると思っていた。だから、まさか自身が「年収300万円(台)」の身分のまま、この先、何年も生きていくことになるとは思っていなかった。少し冷静になって考えれば、こんなことは想像に難くなかったにも関わらず。
私は今、自身の未来に絶望している。この先ずっと300万を続けていたのでは、私の望んでいた未来はない。それはずっと前から見えていた現実であったはずだが、愚かにも、私はその現実を正視して来なかった。ここに来てようやく現状を客観視する機会を得て、そうして、ようやく、慌てふためくこととなった。
本記事中では、私の内面で起こった出来事を筋道立てて説明しなければならない故、文章に起こす過程で少しは冷静を取り戻し、そのために今の自身の切迫をいまいち伝えきれないのだが、感情に任せて記事を認めたなら、どうにも酷い文章が書けてしまいそうな勢いである。それほど、今は精神的に荒んでいる。
私の市場価値は低い。
この事実にどうして、今まで気が付かなかったのだろう。
私に人としてあるべき冷静さを失わせたのは、自身の内面に渦巻く「承認欲求」の仕業である。病的なまでの承認欲求は、人が現実を正しく認識する能力を奪い取る。
私は、アクセス数が一向に伸びなかった現実がどういうことなのか、正しく認識できていなかった。
私のやっているブログが収益に繋がることはないという事実に、全く気が付かなかった。
それらの原因は全て、「承認欲求」の所業である。換言するなら、私の精神的未熟さのせいである。
自身の文章によって、自身の存在価値を証明したい
とするいやらしい魂胆が、私から冷静な分析・判断の能力を奪った。
読者が増えないのは何故だろう?
読者が寧ろ減ってしまったのは何故だろう?
良い記事を書いているつもりなのに一向に多くの人に読まれないのは何故だろう?
過度の承認欲求は、そうした疑問に対処する能力を奪った。「能力を奪った」というよりは、「敢えて目を背けさせた」と言うべきか。
私は、読者に甘え切っていた。
・大変読みにくい長文を投稿しても
・非常に稚拙な論説を展開しても
・暇潰しにもならない自分勝手な記事を投稿し続けても
読んでくださる読者がいらっしゃった。そんな優しい読者に、私は甘え切っていた。
それでは、いけない。私は、魅力のない記事を投稿するのをやめなければならない。もっと、読まれる記事を書かなければならない。
誤解を招いてしまう恐れがあるので予め断っておくが、私は本記事において、自身の
「存在価値」
について言及しているわけではない。私は、自身に
「存在価値がない」ということはない
という事実を、日常の勉強によって、どうにか理性では理解できるようになった。後は、それを実感として体得するのみであると思っている。その辺については、全く心配無用である。
私が本記事において主張しているのは、
「私の市場価値は低い」
という一つの事実についてである。これは辛いことだが、認めなければならない。そうして、改善に向けた何らかの策を講じねばならないと考えている。
今、私はとても憂鬱である。