【体験談】非モテ男(27)がPairsで恋愛恐怖を克服する話(1/4)

人生を変えた通知

それは一通のLINEに始まった。時は2019年、初秋のことである。

「暇な時に電話くれる?亀井にとって、良い話があるんだ」

大学時代の友人、Kからだった。

私がその文言に既読を付けるや否や、私の電話を待たずに、Kからの着信があった。私はそれに応じる。

「もしもし」

「もしもし」

「さっき送ったLINEのことなんだけどさ」

「うん」

「俺、この前街コン行ってきて。そこで彼女ができたんだ」

「本当に?それはおめでとう」

「いやまあ、そんなことはどうでも良くて」

「うん」

「俺の彼女の友達に、彼氏いない歴の長めな女の子がいてさ」

「うん」

「彼女に俺の方から、その子に誰か良い人を紹介してくれないかって言われているんだ」

「ああ」

「すごく可愛い人なんだって。俺は是非、亀井を紹介したいと思っているんだけど、良いかな?」

――その打診を受けた私は、実に色々なことを考えた。

私はこれまで、Kに限らず複数の友人から、「合コン」や「知人紹介」の誘いを受けることが、度々あった。しかし何かと理由をつけては、それらの誘いをことごとく、断ってきた。

それは私が、「恋愛」というものに興味を持たないから、というわけでは決してなかった。
私も人並みか、いやそれ以上にずっと、「恋愛」というものに興味を持って生きてきたはずだった。

しかし私はことごとく、そうした誘いを断ってきた。

なぜか?

恋愛で傷付くのが、怖かったからである。

私はこれまで、本ブログにおいて、自身の様々なコンプレックスについて話をしてきた。

頭が悪く口下手で、人として中身がないため、自分に自信がない。

そんなコンプレックスについて、散々、記事にしてきた。

けれども私には、本ブログでまだ語ったことのない、とてつもなく大きなコンプレックスを抱えていた。

それは、

「異性から恋愛対象として認識されない」

というコンプレックスであった。それは学生時代から長年に渡り抱え込んできた、心の傷であった。

私は、自身の抱える心の傷を刺激しないよう、意識的、ないし無意識的に、「出会いの場」を避け続けてきたのであった。

しかしKからの誘いを受けた瞬間、私は自問した。

――このままで、いいのか?

当時26歳。それまで殆ど、異性との交流を持たないまま生きてきた。

この先も同じ選択を取り続ければ、これまでと同様、心の傷は痛まないで済むだろう。

けれどもその代わり、異性とかけがえのない時間や体験を共有する

――そんな情緒的な結びつきから喜びを得られる日は、永遠に訪れない。

異性との付き合いを全く求めていないというのなら、話は別だ。

しかし心底の声は、そうでないはずだ。それは自分が一番、分かっていることだろう。

このまま、心の底では愛情を求めていながら、けれども心の傷が痛むのを恐れるあまり、それを得る機会を逸し続けてしまって、いいのか?

私が30歳になり、40歳になり、ゆくゆくは50歳、60歳、そして死ぬ間際になった折、

これまでの自身の選択を、後悔しないか?

いや。

間違いなく、後悔するだろう。

だとしたら、私のすべき回答はただ一つ。そうだろう?

私は意を決して、Kに告げた。

「それは嬉しい。よろしく頼むわ」

「よっしゃ。じゃあ、決まりね」

こうして私は、友人の紹介する一人の女性と、コンタクトを取ることになった。これまで自身の心が傷付かないよう恋愛から距離を置いてきた私にとって、今回の選択は、一大決心と言えるものだった。

しかしこの決定によって、後に、私の心底に根付く心の傷が、無残にもえぐられることになる。
それを受けた私は、七転八倒、阿鼻叫喚の苦しみを味わうのであった。

Aさん

Kとその彼女の仲介によって、本来、出会うはずのなかった二人が、LINEで繋がった。

「はじめまして。亀井と言います」

「はじめまして。Aです」

画面向こうの女性は、Aさんと言った。
私達は、お互いの顔も人柄も分からぬまま、文字のみによるやり取りを続けた。そうこうしている内に、やはり、「会ってみぬことには何も始まらない」ということで、双方が合意した。当然の流れだ。

日程調整を終え、都内のレストランを予約すると、遂に対面の日を迎えた。

対面当日。待ち合わせ場所へ向かう私は、地に足がついていなかった。

それもそのはずである。

私はそれまで10年を超える期間、「恋愛」というものを避けて生きてきた。

「異性から恋愛対象として認識されない」という苦しみを回避する代わりに、女性との健全なる関わり方、距離の縮め方、恋愛の仕方といった事柄について、まるで学んでこなかった。

そのツケが、「地に足がつかない」という心理状態として、表れていたというだけの話なのだから。

「到着しました!スクリーンの真ん中のところで、待っていますね」

Aさんからの通知を受け、私はその場――スクリーンの真ん中――へと、目を向けた。

そこには、両手を揃え、大事そうにカバンを提げた一人の綺麗な女性が、“ちょこん”と立っていた。都内の企業で働く、優秀なOLさんといった風体であった。
一見して私は、面食らった。もしこの方が「Aさん」だとしたら、これから彼女と食事する人間が私というのでは、明らかに釣り合っていないよう感じられた。

彼女の隣に似合うのは、容貌竹内豊にして一流企業勤め性格穏やかにして女性へのエスコート上手の、スマートな男性であるように、私には思われた。

対して私の方は、あまりに情けなかった。容貌は竹内豊にほど遠く、経済面における甲斐性はまるでなし。おまけに女性との関わりを長年避けてきた影響から、女性を上手にエスコートすることなど、できるはずもなかった

私は開始早々、逃げ出したかった。けれどもそのような弱々しき気持ちを抑え、Aさんと思われるその人へ、思い切って声を掛けた。

「こんばんは。Aさんですか」

「亀井さんですね。よろしくお願いします」

Aさんは、元々あった大きな目を更に大きく開くと、“ニコッ”と笑った。

その刹那、私の二足は完全に、接地面積を失った。

傷付き体験

先にもチラと述べたが、私は、極度の口下手である。なぜ、これほど人と口を利くことができないのかと訝りたくなるほど、会話が下手である。

Aさんとの食事中も、例外ではなかった。あまりに私の会話能力が貧弱であったゆえ、終始、緊張と気まずさにより味のしなくなった料理を、お互いが口に運ぶことになった。会話は全く盛り上がらず、ずっと一問一答のような、無味乾燥な言葉のやり取りが行われるだけだった。

それでもAさんは会話を盛り上げようと、まあるい目を見開いて、「うん!うん!」と私の話をかつは聞き、かつは引き出そうと、頑張ってくれていた。けれども私は、それに応えることが、全くできなかった。

食事が終わった後は、そそくさと、逃げるように駅へ向かい互いに別れを告げると、別々の電車に乗り込んだ。

私は帰りの電車の中で、ひとり絶望していた。Aさんに、あまりに酷い時間を過ごさせてしまったことへの罪悪。そして何一つ結果に繋がる言動の取れなかった自身に対する、底なしの失望。

Aさんとの次は、もうないように思われた。あるわけがないと思った。

しかし翌日のKとの電話で、思いもよらぬ結果を聞くことになる。

「Aさんから昨日のデートのフィードバックを貰っているんだけどさ」

「うん」

「亀井のこと、『素敵な人だったー!』って、言っていたぞ」

「うそ。あんなに会話が盛り上がらなかったのに」

「確かに、会話に関しては、残念がっていたが。笑」

「だよね・・・」

「でも、その他の、学歴、身長、容姿といった基準は、クリアしたみたい。あの人、特に男の容姿に関しては結構、厳しいらしくてさ。恐らくそこを乗り越えたということで、もう一回、『会ってもいい』って、言ってくれているのだと思うぞ」

まとめると、こうだ。

すなわち、私の内面に関しては、不合格だった。
けれども、外面の条件がそのマイナス分を補い、総合点では辛うじて、及第点に達した。
よってもう一度、挑戦する機会を得ることができた。

――このとき私は、自身の思春期――恋愛恐怖に陥ることになった原点――のことを、思い出していた。

これは、自分で言って良いことではないと思われるのだが、それでも話を前に進めるため思い切って言ってしまうと、私の身長、容姿、体格といった外見的要素は、過去の私の経験上、異性の恋愛対象たる「条件」としては、決して悪くないはずなのである。

更に中学生の時分、私は、田舎の中学校だったとはいえども、成績争いでは常に“トップ争い”を繰り広げていた。そのため、「外見の悪くない成績上位の男」ということで、周囲の女子が、私という人間に興味を持ってくれる機会も、決して少なくなかった。

「黙っていても異性から話し掛けられる」という状況は、一見すると理想的のようにも思える。しかし私にとっては、必ずしも嬉しいことばかりでなかった。

私は幼少期より、自分に自信が持てず、常に周囲の顔色を伺いながら、生きてきた。

四六時中、他者より否定的な評価を下されはしないかと怯えながら、それこそ、何かと私を敵対視してくる同級生にさえ、卑屈な追従笑いを満面に湛えながら、ご機嫌取りをして生きるような人間であった。

自分に自信を持てぬ私にとって、自身の存在価値を大きく決定するのは、「他者の自身に向けられた評価」だったのである。

だからこそ私は、人の顔色を伺い他者を傷付けぬよう他者よりマイナスの評価を下されぬよう、常に身構えていなければならなかった。

私の生きる上で最も大切なことは、

「自分の存在価値が傷付かぬよう、分厚い鎧を着込み、他者との間に高い壁を築き、自分を守ること」

であったのだ。

そんな私が、僅かばかりでも、その瞳に期待の輝きを宿す思春期女子達を、満足させられるはずもなかった。

私の自信なさげの挙動貧弱な会話能力、人としてあまりに空虚な中身に、思春期女子達の期待に潤っていた瞳は、急速に、失望の乾きへと変わっていった。

女性が最も忌み嫌う男性の特徴として、「自分に自信を持っていないこと」を挙げるサイトが散見されるが、私はその意見に、全面的に同意する。

女性という生き物は、「自信のない男」に対し、恋愛対象外の存在として扱う上ではとても優しいが、恋愛対象の存在として関わる上では、とても厳しい目を持っている。これまでの経験上、私には、そう感じられる。

終始、自信なさげの私に対する興味、関心を失い、私の元から立ち去ってゆく彼女らの背中からは、

「つまらない男」

という声が、聞こえてくるようであった。私という存在は、彼女らの人生にとって何ら、“足し”になることがなかったのである。

実は中学時代、そんな私のことを「好き」と言ってくれる人も、あるにはあった。

けれども彼女とのお付き合いも、長続きはしなかった。その原因の一つは、間違いなく、私の精神的未熟さに、起因していた。

そうした一連の出来事が、私の心に大きな、とてつもなく大きな傷を、与えることになった。

自身の内面的魅力の乏しさにより、「異性から恋愛対象として認識されない」ことに対する心の傷を抱えた私は、それ以来、Aさんとコンタクトを取るに至るまで、ほぼ、恋愛というものを避けて生きてきたのであった。

自分に自信のない人間というのは、みなが皆そうであると言い切るまではしないけれど、大抵は心のどこかに、愛情の欠乏感を抱えているものなのである。

本来であれば、そこに「愛情」という温かな安心感や喜びで満ちているはずの箇所が、悲しくも空洞になっている。過去に「ありのままの自分」を適切に愛された経験がないから、自分に自信が生まれない。そうして、その空洞をどうにかして埋めようと必死になればなるほど、次第に自分を見失っていく。

自分に自信を持てず、自分を見失ってしまっている人間が、他者を健全に信頼し、思い遣り、愛することは、とても難しい。どうしても、「自分が満たして貰うこと」ばかりに意識が向いてしまうので、他者との間に「フェア」な関係を築けない。

他者との情緒的な結びつきというものは、このようにして、渇望すれば渇望するほど遠ざかっていくものなのである。

当時26歳の私は、上記の事柄を客観的に認識できるほど、精神的に成熟しては、いなかった。

不穏

二度目のコンタクトを承諾された私であるが、Aさんの希望により、Kとその彼女も含めた4人で会うこととなった。4人いれば、会話能力に乏しい私も少しは口を利くことができるだろうとの配慮からであった。

4人のグループLINE内におけるAさんは、生き生きとしているように見受けられた。私はそのことが、何より嬉しかった。私という存在が、一人の女性にとって何らかの“足し”になるかも知れないという事実が、これまで抱えてきた心の傷を、癒してくれるように感じられた。

「自分の存在を認めて貰える」――それはかねて私の人生における、最大の望みだった。

不器用で、口下手で、頭の回転も遅く、何より自分に自信の持てぬ私という、自我を有する一個の存在が、誰か一人の人間から、丸ごと認めて貰える。「好きだよ」と言って貰える。

――それは、積分値で大きくマイナスを行く私の人生を一発逆転へと導いてくれる、夢のような願いであった。

そんな願いが、少しでも叶えられそうになったとき、

人というものは、その一事に依存し、そうして、それを叶えてくれそうな人に対し、甘えたくなってしまうものなのである。

私の場合は、

「Aさんに対する極端なアプローチの弱さ」

として、それが表れてしまった。

「私がAさんに対し積極的に働きかけなくても、Aさんが私に興味を示してくれている」

その事実によって、己の存在価値を確認しようとしてしまったのである。

更にその傾向を強めたのが、自身の過剰な防衛反応であった。

私はかく「自分が傷付かないこと」を最優先させ、自身の言動の一つひとつを決定させてしまう人間であった。

そのため、他者とコミュニケーションを図る上で、「自分の責任で」何かしらの働きかけをしていく気概に、大きく欠けていた。

自分から話し掛ける。
自分から相手を思い遣る
自分から相手を好きになろうとする

――そうした主体的な選択肢を、自己責任で取っていくことをしない。ただ、相手の自身に向けられた言動に対し、受動的に反応していくだけのつまらない人間だったのである。

結果、私のAさんに対する働きかけは、なお一層、弱いものになっていった。

「自分という存在が果たしてAさんから認められるか?」
「自分は、果たして一人前の男として認められるのか?」

――そんなことにばかりに囚われ、それでいながら自身が傷付くことを恐れるあまり、積極的に相手に働きかけることをしない。

私のそうした態度は、Aさんを確実に白けさせていったに違いなかった。

しかし、そんな私の不甲斐なさを振り払うように、予定されていた4人での会食そのものは、Kの助けもあって大成功を収めた。私はその会食を通じて、Aさんの私に対する好感度を上げることに、成功したようであった。

Kの彼女からの電話である。

「今日はありがとね。今日のあの一件で、亀井くんの株、Aの中でめっちゃ上がっているから!私も亀井くん凄くいいと思ったし、ここで攻めていかない理由はないよ!私達も応援しているから、頑張ってね!」

――翼を動かすのを怠り、低空飛行を続ける愚かな一羽を、上昇気流がどうにか、持ち上げてくれている。

この機会で成功しないようでは、この先、永遠に成功の訪れることはないだろう――そんなシチュエーションであった。

眼前に垂れ下がる暖簾に手を伸ばし、僅かばかりの力で一押してみる

当時の私がそれをする勇気さえ持てていたなら、

その先に広がる光輝く世界の存在を、身を以て知れたかもしれなかった。

阿鼻叫喚の苦しみ

けれども私は、その暖簾の一押しが、どうしてもできなかった。

これだけのお膳立てがありながら、相変わらず私のAさんに対する働きかけは著しく弱く、たまに送るLINEの文面も、女性との健全なるコミュニケーション方法を学んでこなかった人間の宿命ゆえ、大変まずいものが続いた。自分に対する自信のなさと、相手の動向を逐一伺うような弱々しさが、私の言動共に、滲み出ていた。

当時の私にとっては、目の前のチャンスを掴むことよりも、「自分が恋愛で傷付かないこと」の方が、大事だったのである。

私は、女性からの「拒否」が、死ぬほど怖かった。

先に記述した、“思春期に負った心の傷”えぐられることを、何よりも恐れていた。

自身の存在価値を他者からの評価に全面的に依存する私にとって、

女性から

「つまらない男」

と背を向けられることは、何にも増して、耐え難いことであった。だからこそ私は、1%でも相手から拒否される可能性のある限り、先の一歩を踏み出すことが、どうしてもできなかった。

けれども私は、それでいながら、特定の誰かから、私という一つの存在に愛情の注がれることを、何よりも切望していたはずだった。

過去に抱え、その後も決して埋まることのなかった心のクレバスを修復してくれる誰かの存在を、心の底から望んでいるはずだった。

「このままではいけない」――頭では、分かっていた。常にAさんからの自身の好感度を伺い続けるような姿勢でいてはいけないということは、頭では分かっていた。しかし、頭で分かっていても、どうしても未熟な心が、それに追いついていかなかった。

私は、「こんなしょうもない私でも愛してくれる人」との出会いによって、長年抱えてきた心のクレバスを、修復したかった。それは自力で制御できぬ問題のすべてを解決してくれる、一発逆転の一打だった。

しかし、そうした己の心的課題の解決を一人の他者に背負わせようとすることは、あまりに思い遣りに欠けた態度だった。

どうにか次回デートの承諾まで漕ぎ着けた私だったが、その後は、なかなか具体的な日程が決まらなかった。Aさんからは「分かったら教えます」との連絡の後、音沙汰がなかった。

私は、これまでKやその彼女から言われていた

「Aさんからの好感度は高い」

という言葉に有頂天となっており、その現実が何を意味しているのか、正面から受け止めることができずにいた。

「まだAさんは自身に興味を持っていてくれているはずだ」

――そんな誤った前提のもと、もう一度Aさんに、日程調整のLINEを送った。それも、果てしなくつまらぬ、不器用な雑談の文章と共に。

しばらくして、Aさんからの返信があった。このときの私は確かに、「期待」を以てそれを開いた。しかしそこには、このようにあった。

実は最近、職場に気になる人ができまして。

だからもう、他の男の人とは、遊ばないことにしました。

 

――この二文に目を通したその刹那、

脳天を、分厚い掌で思い切り叩かれたような激震と、

胸部を木製バットでフルスイングされたような、痛烈な打撃が走った。

思考がショートし、一時的に、周囲の音と、時間の両方が、まったく停止したようだった。
その間、全身からみるみる血の気が引いていくと同時に、先程の痛みが嘘のように、一瞬間だけ、鎮静した。

どれほど、その状態が続いたか

――思い出したように時計が再び秒針を刻み始めると、それと時を同じくして、止まっていた血流が勢いよく、全身を流れ出した。

それに伴い、先の衝撃の余波が一挙に全身の隅々まで高速に行き渡ると、そのあまりの痛みに、私はその場をのたうち回った。痛い。あまりに、痛い。

胸の内で、決して傷付かぬようにと、大事に保護されてきた心が、

心の傷が、

Aさんの言葉と、

私の、悔いしか残らぬ過去の情けなき言動の両刃によって、

その口を更に広げ、

容赦なき激痛を伴って、私に襲いかかってきた。私は、その痛みに耐えられなかった。当時の私は、この激震に耐え得るだけの心の強度を、有していなかった。明らかにこの場における心的ダメージは、私のキャパシティを超えており、私は自分を保つことが、できなかった。

平静さを失った私は、震える手つきで、Aさんに返信を打とうとした。けれども、言葉が何も、出てこなかった。私はショートした頭で考えに考え、そうして、

わかりました。私としては残念ですが、良い人と出会えたことは、とても素敵なことだと思います。
その方との出会いが、良いものになるといいですね。

 

とだけ打って、送信した。既読はすぐに付いた。そしてこのやり取りが、Aさんと私の、最後のコンタクトとなった。

想起

この体験は、自身の思春期のトラウマ的体験と、見事に重なった。

――私という人間に、第一印象で与える以上の魅力はない。

それを知られた瞬間より、

「つまらない男」

の烙印を押され、それっきり、振り向かれもしない。思春期の再体験が、形を変え、自身に襲ってきたかのように思われた。

Aさんの言う「他に気になる人ができた」という言葉の真偽は定かでない。

しかしその一言から、

「Aさんにとって、私は、恋人候補として明らかに“ナシ”だった」

ということは、確実に分かる。私という人間はあまりに、男としての魅力に欠けていたわけである。

自分の存在価値を他者からの評価に全面的に依存し、

恋愛に対して、心に大きなクレバスを抱えている私にとって、

恋愛候補として「ノー」を突きつけられ、

更に、自身より「遥かに魅力的な男性の存在」を匂わされることは、耐え難き痛苦であった。私は狂ったように、その場を輾転てんてんとした。

私の脳裏に浮かぶのは、

Aさんと、

私のようなくだらぬ人間とは全く異なった、内面・外面共に魅力ある素敵な男性が、

二人で笑い合い、お互いに内面より通じ合おうと、歩み寄っている姿であった。

私に対しては、警戒の膜で覆われた、外面的な顔しか見せることのなかったAさんが、

その男性には、警戒心を解放し、無防備な笑顔を見せている。

Aさんの頭に、私はいない。Aさんはその選択に、一片たりとの後悔も、残していない。

「他の男の人」という、取りつく島のない、つるりとした言葉。

その一言が、どれほど私の傷付いた心をえぐったか、分からない。

I’m only one of many others

for her.

――これは私の、何より恐れてきた言葉だ。

私は、男としての価値がない

私には男として、不足しかない

その事実は、思春期の頃から、何ら変わっていなかった。

そもそも、今にして思えば、私が女性から見向きもされないことなど、当然のことであった。

自分に自信がなく、常に「自分が相手からどのように思われているか」ということしか興味のない男になど、魅力を感じるわけがない。今の私であれば、その現実を心底より、首肯することができる。当然のことと思うことが、できる。

しかし当時の私には、そこまでのことが、理解できていなかった

ただ漠然と、女性から失望の眼差しを受け取る経験を重ねるにつれて、

自分は人として魅力がないのだ

自分は男として価値がないのだ

そんな意識を、その理由もろくすっぽ掴めないままに、強めていった。

それだけに、心は必要以上に傷付き、ボロボロになって、

そうして、「これ以上傷付きたくない」という一心で、異性との交流を回避し続けたことが、更に自分に対する自信を奪っていった。

私は、苦しかった。

ただ一人で良かった。

ただ一人、私の徹頭徹尾、情けないところや不器用なところ、心の暗部までを、丸ごと受け入れて、優しく「大丈夫だよ」と言ってくれる人が、欲しかった。

そんな願いが、思春期にトラウマ化された「恋愛」という概念と複雑に絡み合うことにより、

自身の内部に強烈なロマンチシズムを醸成し、

そうしたある種の歪んだロマンチシズムが、自我の抱えきれぬほど大きなものに肥大していった結果、

私は、愛情欲求の化け物のようになっていった。

「恋愛」から遠ざかることによって、ずっと守ってきた、脆弱な自我。

自身が傷付くことのないよう、ずっと鍵掛けて、決して開かぬよう心の奥底に閉じ込めておいた、「愛情希求」の刻印された、パンドラの箱。

Aさんとの一件によって、その長きに渡った施錠が解き放たれると、

剥き出しになったおのが未熟たる心、弱々しき自我が、

久々に、外界の空気に晒されることとなった。

それらを再び箱に閉じ込めることは、不可能だった。

波のように止めどなく打ち寄せてくる、愛情希求の痛み。

数ヶ月間、その痛みに散々苦しみ抜いた末、私は遂に、決心した。

「恋愛から逃げることを、やめよう」

こうして私は、出会いを求める男女何百万人の集うマッチングアプリ、『Pairs』への参戦を決めたのであった。これが私の『Pairs奮闘』のはじまりである。ここから数ヶ月間、私はマイナススタートの恋愛修行を、始めることになる。

しかし、この時の私は、あまりに考えが甘かった。

恋愛というものは、本来、相互的なものである。

恋愛とは、お互いがお互いのことを想うからこそ健全に成り立つものであり、

それは決して、一方的なものとして成立するような代物では、ないのである。

ただこのときの私は、相手に対し、

「自分の存在をただ認めて貰いたい」

という一方的な動機から、恋愛を始めようとしていた。

更に悲惨なことに私は、

「こんな魅力のない自分を認めてくれる人も、一人はいるだろう」

という期待があったからこそ、Pairsを始めるに至ったわけであるが、

これに関しても、大きな、非常に大きな、甚しき勘違い倨傲きょごうがあったと、言わざるを得ない。

期待と不安に手を震わせ、登録ボタンをタップする私に待ち受けるのは、

「更なる地獄の業火」なのであった。

しかし、そうした地獄の業火に焼かれ、傷付き、絶望し、けれども、そこから己を顧み、再び立ち上がる経験を通じて、

私は、健全なパーソナリティ獲得への道を、突き進んでいく。

 

――この連載では、「恋愛恐怖」から立ち上がろうと奮闘する筆者の体験を連ねてゆく中で、

読者の方々へ、「自分に自信のない人間」の抱える心的問題や、恋愛傾向といったものを、極力分かりやすく、お伝えできればと思っている。

また、自身の経験をもとに、「自分に自信のない人間」が、どのようにして「恋愛」というものと向き合っていけばいいのか、

どのようなマインドで、「恋愛」というものと対峙していけばいいのかといったことに関しても、言及していければと考えている。

本ブログは、筆者が「幼少期より抱えてきた自己否定感の克服」を目指す中で、克服に有効と思われる知見をシェアすることを目的としているので、

本連載を通じても、読者の方々に、何か為になる示唆を与えられればと思っている。

そして何より、私と同じように

・自己否定感に悩んでいる方
・恋愛恐怖に陥っている方
・そしてそれら恐怖のため、自身の本当に渇望しているものを求める勇気の出ない方々

に、真に必要としているものを求めるためのエネルギーを、提供できればと思っている。

そしてこれは笑える話なのだが、

『Pairs』という場は、

(特に男にとって、)

良い恋愛修行の場になると、勝手に思っている。そういった考えについても、記事の随所で、話していければと思っている。

 

次回記事
【体験談】非モテ男(27)がPairsで恋愛恐怖を克服する話(2/4)
(8/22,20:00投稿予定)

【体験談】非モテ男(27)がPairsで恋愛恐怖を克服する話(2/4)



5件のコメント

  1. ふくろうさんお疲れ様です。すばるです。

    私も半年前に失恋したので、悲しいお気持ちはわかります。中々逢えてなかったし、会っても他人事のような表情をしているのを感じていて、それが1ヶ月くらい経ったので、振られるのかな?と不安になっていたら、案の定LINEで別れを告げられたものです。

    私もそうですが、付き合うor付き合わないの2元論で考えるより、友達になるという第3のルートにもっと目を向けてみたらいいと思います!そして、異性と知り合うなら、第三の友達のルートになる可能性が一番高いと思っています。

    彼女って結局友達の延長線上にあると思うんですよね。上手く言えないですが、Give&takeにならず、Give&Giveの精神を持って、折角来てくれたからには相手を楽しませたい!という気持ちを強く持っていれば、人間関係においても恋愛においてもより良い方向に進む確率は上がると思います。思いやりの気持ちを持った人は男女とも好感が持てるものです。

    ブログを読んでる限りふくろうさんがよく頑張っているのは伝わったきましたし、紹介してもらえた女の人は綺麗で理知的な方かと思われますが、男の人を露骨にスペックで評価するのはちょっと怖いなって思いました。その方は恋愛の先に結婚をかなり意識しているのかもしれない、とも思いました。

    後はコロナの時期なので、デートでお酒を入れたり、人混みが多い場所にすると、コロナに対する危機感のない人だと思われて、人によっては敬遠されるかもしれません。でもふくろうさんなら言われなくても解ってそうなことですが…

    1. すばるさんお久し振りです。

      半年前に失恋されたのですね。「相手の心が自分から離れていく過程」というのは、たまらないものがありますよね。

      ああ、「友達ルート」ですか。最初から「恋愛ルート」を歩もうとしていたから、挙動が変になるのかも知れませんね。今度からは欲張らず、まずは「友達」を作る感覚で接してみようと思います。
      千里の道も一歩から。私の場合はまず、「リハビリテーション」をしなければなりませんからね。アドバイス、ありがとうございます!

      Give&Takeの話は明日投稿する『(3/4)』で言及しますが、人付き合いというものは「ただ受け取るだけ」、「ただ与えるだけ」では成立しないんですよね。恋愛も同じで、相互的なものなのです。
      私はただ一方的に受け取ろうとしていたわけでしたから、「そりゃ愛想尽かされるわ」というところです。そこは最近になってようやく気が付きました。気が付く過程については、『(3/4)』の方で順を追って書いていますので、お暇なときにでもご覧ください。それを読むと、これまで投稿された記事群の、作成された背景なんかも分かってくると思います(笑) 私は、「Give」のできる人間になります。頑張ります。

      Aさんに限らないですが、人をスペックで評価してしまうのはある程度仕方ないのかなと思っています。やはりこの年齢になると「結婚」も視野に入ってきますし、現実問題、人として色々な魅力を持つ人と結婚したいと思うはずでしょうから。Aさんは私の見る限り、良い人でした。きっと素敵な人を見つけられると思っています。

      私が振られたのはコロナ騒動以前の話なので、その辺は大丈夫です(笑)
      マッチングアプリでは、デートの打診はしていません。専ら、ビデオデートのみです。この時期はとてもやりづらいですよね…

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