男女比2:1
一人の女性に、何十、何百、時には何千という男性陣がアプローチを続ける世界、Pairs
そこは、女性を熟知し、ウケの良いプロフィールを作ることのできる男性が「いいね!」の殆どをかき集め、
そうでない男性は、「いいね!」を貰えず苦戦を強いられるという、
被「いいね!」数の圧倒的な格差と、
モテと非モテ
持てる者と持たざる者
その二極化が甚だしく進行した、冷厳たるリアリスティックな世界であった。
その世界で一度辛酸を嘗め、自身の恋活市場における価値の低さを思い知った筆者が、
思春期に負った恋愛恐怖と戦いながら、己の心理的課題を克服していき、
再びその格差社会へと、足を踏み入れていく。本連載最終話である。
※前回までの記事を読んでいなくてもお楽しみ頂ける構成にしました。
▼目次
1. 決戦前夜
1.1 T参戦
2. 苦戦
2.1 メッセージが始まらない
2.2 「いいね!ありがとう」が来ない
2.3 荒むメンタル
3. Aさん、元気にしているらしいよ
4. “D”に価値はない
5. 私を支えたもの
5.1 カール・ユングの場合
6. 戦績
決戦前夜
これまで再三に渡り申し上げてきたことであるが、
マッチングアプリにおける成否を分かつのは、
「異性ウケするプロフィールを作成できるかどうか」に、懸かっている。
そして、その「プロフィール」における生命線となるものが、「プロフィール写真」である。
魅力的なプロフィール写真を載せられなければ、どれだけ良い自己紹介文を書こうが、どれだけ高い年収を記載しようが、異性から振り向かれることは、まずない。(特に男性)
そのため上界の男性会員には、より魅力ある写真を掲載しようと、プロカメラマンに撮影をお願いしたり、
例えば以下のような撮影キットで「“他撮り風”自撮り写真」を撮影したりするなど、工夫を凝らす者も少なくない。
前回の挑戦で惨敗を喫した私は、友人のカメラマンの協力により、「清潔感の塊」と化した自らの写真を手にすることに、成功していた。
この写真によって、自身の年収の低さ(正直に「200~400万円」で設定)と恋愛偏差値の低さをどれだけカバーできるかが、問われていた。
私がまさに再度Pairsの地獄の門をくぐろうとしたその時――大学時代の友人Tからの連絡があった。
T参戦
Tは、私の5倍という速度で頭を回転させることのできる優秀な男であり、良い企業に勤める優秀なリーマンだ。
「久しぶり!何か面白い話でも聞かせて貰おうと思って連絡したんだけど」
「いいよ。実はこれから、マッチングアプリを始めるんだ」
「なにそれめっちゃ面白そう。俺もやろうかな」
「それは良い。是非やろうよ」
こうして私は、Tと共にPairsを始めることになった。
「マッチングアプリはプロフィール写真が命になるんだけど、Tは良い写真持ってる?」
「ああ。海外へ行ったときに撮影して貰った良い感じの写真があるから、それで行くわ」
「それは良いね。じゃあ、お互い頑張っていこう」
こうして私は、Tという強力な仲間と共に、リアリズムの世界――Pairs――の門戸を、勢いよく叩いたのであった。
苦戦
Pairs,そこは――
女性心理を熟知し、女性ウケの良いプロフィールを練り上げることのできる男性陣が、
個々の有する高収入、安定職、高身長、甘いマスクといった武器で更にその周りを固め、
各々が鎬を削る、優勝劣敗の世界。
Pairs全体を吹き捲くる、
腐肉の臭気漂う逆風と、
逆巻くリアリズムの荒波によって、
Pairsに殴り込んだTと私、両者の勢いは、
無残にも、沈静されていったのだった。
メッセージが始まらない
両者、僅か三日という期間で、筆者の前回稼ぎ出した「11いいね!」の数を上回り、マッチングを複数件、成立させることができたわけだが、ここで早くも高い壁にぶち当たっていた。それは、
こちらからメッセージを送っても、一通目から返信がない。
という、「メッセージ開始の壁」であった。
先方から「いいね!」を送ってきて、それでマッチングが成立したにも関わらず、「一通目から音信不通」とは何事か?
考えられる理由はいくつかある。ざっと挙げると、こんなところだろう。
・送った後で「やっぱこの人違うな」と思い直した。
・私達の初回メッセージの内容がマズかった。
・私達の初回メッセージが無難すぎて、返す気になれなかった。
・もっと「いい男」が表れたので、私達は用済みになった。
様々な理由が考えられるが、いずれにしても、女性経験の貧弱である私達が、一人の女性に集う他の何十、何百もの男性会員陣の中から、
「メッセージを継続しても良い器」
と認識されるのは、至難の業だった。
ただでさえ「マッチングに至る」までに大変高い壁があるというのに、その先のメッセージ(それも、“初回”メッセージ)のフェーズにおいてさえ高き壁がそびえ立っている現実に、私は正直、
「しんどいな」
と感じたのであった。
「いいね!ありがとう」が来ない
両者、女性からの「いいね!」を受け取ることはある程度できていたものの、「いいね!ありがとう」、すなわち、
こちら→女性
に送った「いいね!」への返答は、ほぼ貰えることがなかった。仮に貰えたとしても、「初回メッセージの壁」に阻まれ、やり取り開始に至ることは、なかなかなかった。
何度も申し上げるのだが、マッチングアプリにおいて、女性は男性と異なり、常に何十、何百もの男性会員からアプローチを受けている状態にある。
その上、有料会員にならないと(ほぼ全ての機能を)利用できない男性と違い、女性は無料でPairsを利用し続けることができるため、
「別にこの人でなくても、他に男は腐るほどいる」
といった、マッチングアプリという環境ならではの心理が働きやすい。その言葉通り、現にPairsには、魅力ある男性会員が沢山存在している。
そのためであろう。私達のような「恋愛小僧」が、いっちょ前の男として扱われることは“皆無”に近かった。
Tと私の両者は、早くもPairsの繰り広げる冷厳なるリアリズムの猛威に、両膝を挫かれたのだった。
荒むメンタル
私は思わず、「つら…」とこぼした。
いくらこの数ヶ月で劇的な内面的成長を果たしたと言っても、やはり、思春期に負った心の傷は、常に私を痛めつけていた。
女性から拒否されるのが怖く、ずっと恋愛から遠ざかることによって保護してきた、繊細なる我が心は、
いいね!のまるで返ってこない現実と、
メッセージの返ってこない現実に、
何度も、壊れそうになった。次第に私は、女性に「いいね!」を送ること、「メッセージ」を送ることを、極度に恐れるようになっていった。
Pairsのアプリを開き、画面一杯に“出会いを求める”女性の写真が並ぶその様を見るだけで、具合が悪くなるようになった。
そこにいる全ての人が、私の存在を
「つまらない男」
と認識しているような錯覚に陥り、その度に胸が締め付けられた。私は天を仰いだ。
「逃げ出したい…」
傷付いた心が、そう求めていた。今すぐアプリをアンインストールすることができたなら、どんなに楽になるだろう――そんなことばかりを、考えるようになっていった。
これは、
「人は、傷付いた状況を回避する習性を持つ」
という、人間に備わった生物学的な仕組みによるものであった。
人は、自己肯定感が低下したり、うつ病になったりするのを避けるため、失敗体験や傷付き体験を避けようとする習性がある。それは生物が健康に長く生き延びるための、基本的な生存戦略である。
怒鳴られたり拒否されたりといった、ストレスを感じる場所を、人は自然と避けるようになる。心が傷付き、ストレスを感じるような場所から回避し続けることで、心が壊れることから、自己を守ろうとするのである。
私の恋愛に対する回避も、そうした回避反応の一つであるはずだった。
取り分け、「恋愛」に対して心に大きなクレバスを抱え、
「自分の恋活市場における価値は低くないはずだ」
という幻想を長く持つことで自我を保ってきたような私にとって、その傷付きの度合いは甚だしいものだった。
Aさん、元気にしているらしいよ
悪戦苦闘を繰り返す私の元に、一件の通知が入った。大学時代の友人Kからだった。
Kは以前、私に「Aさん」という女性を紹介してくれた男である。その「Aさん」からフラれたことをきっかけに私は、Pairsを始める動機を得たわけであった。
「久々に話そうぜ」
こうして私達は、お互いの仕事の話などをして盛り上がった。Kは元気にしているようであった。
私は「マッチングアプリに手を出していること」は口に出さず、さも元気である振りをしていた。しかしその内面は、荒みきっていた。
私は一つ、気になる疑問をKにぶつけてみた。Aさんの“その後”についてである。私を振ったAさんが、その後どのようにして日常を送っているのか、気になったのである。
はじめは語ることを渋っていたKだったが、私のそれを求める声の大きさに根負けしたのか、暫くするとさりげない口調で、けれども端的に、Aさんの近況について教えてくれた。
「――Aさん、元気にしているらしいよ」
その一言を聞いた私の脳裏を過ぎったのは、
Aさんと、
その横で堂々と佇むハイスペ男の、
仲睦まじく過ごしている、元気な姿であった。
「私のことを1ミリでも覚えてくれているのではないか」
という期待が無残にも砕かれたことへの衝撃と、
現状を悲嘆する自身と、
素敵な男性と充実した人生を送っているAさんとの、
その陰陽のコントラストが、
自身に更なる寂寥の感を、募らせていった。
Kの一言を受け、一瞬だけペースを乱してしまった私だったが、すぐさま振り絞るように
「そうか。それは、よかった」
とだけ返答した。それを受けたKも、それ以上を語ることはなかった。これにて、その話題は終了した。
こうして私は、マッチングアプリにおける厳しい現実との折り合いを上手く付けられぬまま、更なる寂寥を募らせることになった。
“D”に価値はない
Tと勢いよく参戦したPairsであったが、この頃になると、お互いに疲弊の色が見え始めていた。そうして事が想像以上に上手く進まない現状に、両者、悲観的になっていた。
「俺らって、価値がないのかな」
「そんなことはないはずなんだよ。特にTなんて、収入も安定しているし、将来は今よりもずっと稼げるようになるだろうし、人とはこうして沢山会話だってできるわけだし…。そうでしょ?」
「いやまあそうなんだけどさ」
「写真はお互いに悪くないはずなんだけどな。何がいけないのだろう?」
「顔…とか?」
「うーん」
「あと、この世界に入ってみて思ったんだけどさ」
「うん」
「“D”に価値は、ないんだよね」
D――それは“女性経験のないこと”を表す、某単語の頭文字を取ったものだ。「面白い表現だな」と思ったので、私もそれに乗っかる。
「“D”ね。笑」
「そう、“D”.俺らなんて、女の子とまともに手さえ繋げないだろう?」
「まあ。そうやすやすと繋げるものではないな」
「だろ?そんな男、女の子は求めていないんだよ」
「なるほどな。つまり女性の求めているのは、恋愛する上で生じるあらゆるイベントごとを、何から何までリードしてくれるような、経験豊富の、スマートな男性…」
「そう、少なくともこの世界ではね。俺はもう、ここで結果を出すのは無理だと思っているよ。だって俺らにはさ」
「“経験”が、ない」
「そういうこと」
「まあ言っていることは分かるんだけど、私はもう少しだけ、頑張ってみるよ」
「亀井はまだまだ“絶望”が足りていないから、そんなことを思えるんだよ。笑」
「かも知れないね。笑 まあでも私はもうちょっとだけ、頑張ってみたい」
――何だかんだ言いつつ、その後もTはPairsから降りることなく戦い続けた。
そうして以降も私達は変わらず、互いの戦況を報告し合ったのだった。
私を支えたもの
数多の女性陣から「ノー」を突きつけられ、これ以上傷付くことを回避すべくPairsから降りることは、簡単であった。
退会手続きさえ済ませてしまえば、そこに現れるのは、これまでと変わらぬ平穏な日常である。
気ままにブログを更新し、本を読み耽り、内面世界を充実させる――そうした「日常」に戻ることができれば、どんなに心が楽になるだろうかと思われた。
しかし私の場合、そうした「回避反応」を取ることは、必ずしも自分を守っていることにはならなかった。
これまで「恋愛」というものから回避し続けた私は、
恋愛で傷付くことから自身を守るどころか、その行為によって寧ろ、
「自分に男としての価値はない」
という実績、それに伴う恋愛恐怖心を、強めてきてしまったのではないのか。
だから自分に対する自信だって、一向に付いてこなかったのではないのか。
これほどの勇気を出し、長い期間自分を省み、そうしてようやく、戦うところまで来たのである。
この苦しみを乗り越えないことには、自身の自己肯定感が高まることは、ない。どうしても逃げるわけにはいかなかった。
そんな私の心理を支えたのが、
自らの意思で「回避反応」の呪縛から逃れた経験を持つ、分析心理学の祖、カール・ユングであった。
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カール・ユングの場合1)
後に精神医学の世界的大家となるカール・ユングは、幼い頃から、引っ込み思案で、神経質な少年だった。
10歳の頃から通い始めた、バーゼル町のギムナジウムにおいて、ユング少年は数々の辛酸を嘗めさせられた。
ギムナジウムに通う生徒は、裕福で社会的地位の高い家の子息が多く、それに対して、家が貧しく穴の空いた靴を履くしかなかったユングは、恥ずかしさを覚えるようになった。
更に、村の小学校では優等生だったユングも、秀才揃いのギムナジウムでは、平凡な生徒でしかなかった。
それに加え、不器用で繊細なユングは、教師から劣等生の扱いを受けることにより、自尊心を傷付けられていったのであった。そんなユングにとって、学校は嫌でたまらない場所となった。
ユングが12歳のとき、他の生徒に突き飛ばされた拍子に、歩道の縁石に頭を打ち意識を失った。その瞬間、ユングの脳裏に、「もう学校に行かなくて済む」という考えが駆け抜けた。
以来ユングは、意識を失っては倒れるという発作を繰り返すようになった。発作が起きるのは、必ず面倒な課題を課せられたときだった。
遂に両親は、ユングを休ませることにした。それはユングの密かに期待していたものだったが、毎日のように好きな遊びや空想に耽って時間を過ごす身分になったにも関わらず、彼の心は晴れなかった。「自分から逃げていることに何となく気づいていたのだ」と、彼は自伝で語っている。
欠席が半年ほど続いたある日、ユングは、父親が訪問客に心中を打ち明けるのを耳にしてしまう。
「もし医者が言うように“てんかん”だとするならば、あの子はもう、自活することもできないだろう」
父親の悲嘆に暮れた言葉を聞いたとき、ユングは、このままでは自分の未来が閉ざされてしまうという危機感を抱いた。その瞬間、彼の心で、何かが起きた。その内容を彼は、自伝の中でこう語っている。
「私は雷にでも打たれたかのようだった。これこそ現実との衝突であった。『ああ、そうか。頑張らなくちゃならないんだ』という考えが頭の中をかけぬけた。
それ以来、わたしは真面目な子供になった。静かにその場を離れ、父の書斎に入り、自分のラテン語の教科書を取り出し、身を入れて勉強しはじめた。十分後、失神発作があった。椅子からもう少しで落ちるところだった。だが、何分も経たないうちに再び気分がよくなって、勉強を続けた。『こん畜生!失神なんかするものか』と自分に言い聞かせて、そのまま先へと進んだ。およそ十五分もすると、二度目の発作が来たが、最初の発作をおなじく過ぎていった。『今こそ、まっしぐらに勉強するぞ!』と、わたしは頑張った。そしてさらに半時間後、三度目の発作が襲ってきた。なお、わたしは屈服せず、もう半時間勉強した。ついに発作が克服されたということを実感した。急にこれまでの何か月にもまして気分が良いのを感じた。事実、発作はもう二度と繰り返されなかった。その日以来、わたしは毎日文法書と練習帳で勉強した。数週間後、再び登校するようになった。学校でも発作に襲われることはなかった。魔法はすっかり解けた」
「このままでいいのか」と自分に問い掛け、自分の人生から逃げない覚悟を決めることで、回復の瞬間は訪れるのである。
自身を苦しめる恋愛恐怖を克服したいと願うのならば、
ユングと同様、苦しいことから逃げずに、立ち向かわなければならないのである。
私は大きく深呼吸すると、アプリを立ち上げ、拒絶への恐怖に潰れそうになる自身を奮い立たせながら、「いいね!」を連打していった。
しかし、これは相手のある話である。
私のプロフィールを訪問した女性陣は、私のプロフィールを一瞥するや否や、
「この人はいいや」
と呟いて回れ右すると、より魅力ある男性陣の集う雑踏の中へと、消えていった。
ただ、初めはあんなに抵抗のあった「いいね!」送信も、フラれた数が90人を超えてくる頃になると、拒否されることの恐怖心がかなり薄まってきたのを感じた。私は心理的に一歩ずつ、恋愛恐怖を打破していった。
戦績
自分から「いいね!」を送った件数は、101件。(年齢層は23~33歳)
内、「いいね!ありがとう」が返ってきたのはたったの2件。
更にメッセージのやり取りが始まったのは1件のみだった。
しかし、ありがたいことに女性の方から「いいね!」を頂くこともあり(年齢層は19~30歳)、一時期は4人の方と同時にメッセージをやり取りするという、そんな瞬間も訪れた。
この頃になると私もレベルアップしており、「初回メッセージで返信が来ない」という壁を、一定の確率で越えられるようになったのであった。
低収入(200~400万円設定)かつ今後の大幅な昇給のほぼ見込めぬ27歳の恋愛小僧としては、恐らく健闘した方であった。
だが一方で私は、
女性を経済的に豊かにする能力がなく、
それを補うほどの人間性も兼ね備えていない自身に対する、とてつもない後ろめたさに襲われた。
これでは折角自分を選んでくれる人があっても、その人に私の方から、何も与えることができない。
ここで一つ、気が付くことになった。私の恋愛恐怖を形成しているのは、
・思春期に負った心の傷
のみならず、
・女性に対し、私の方から何も与えられるものがないことへの後ろめたさ
も含まれていたことに。
私は恋愛に限らず、果たして自分は人々に何を与えられるのかということを、今後徹底して考えていかなければならないと感じた。
話がやや逸れたが、私はやはりマッチングアプリ界の厳しさを感じずにはいられなかった。ここには魅力ある男性があまりに多いし、そういった男性陣と自身を同じ画面上で比べられたのでは、勝てるわけがないと思った。
結局、この環境で勝ち抜くためには、自分を磨き、人としての魅力を上げていく他ないのではないかと思われた。
おまけに新型コロナウイルス感染拡大に伴う外出制限もあって、尚のこと、異性とのコミュニケーションの取りづらさを覚えたこともあった。
現状、近々2件のビデオデートなるものを実現させることができそうなのだが、果たしてこのような手段でどのように相手と距離を縮めていけばいいのか、私にはさっぱり分からない。FOされる未来しか見えないけれど、それでも私はカール・ユングと同様、逃げずに戦っていかねばならない。
(まあ仮に直接会うことができたとしても、口下手の私は何度も失敗するはずだけど。)
色々と厳しいことを並べてしまったけれども、それでも私は今回の挑戦によって、数ヶ月間という短い期間で大きな成長を遂げたと思っている。
思春期より、異性から「つまらない男」認定をされ続け恋愛に自信を失っていた私も、
勇気を出しその克服に向け行動したことにより、幾分その「恋愛恐怖」の程度を軽くすることができたし、
何より「自分には女性に与えられるものが何もない」という大事な課題に気が付けたのは、更に大きな前進であったと考えている。
ただ、私には人と健全な関係を築く上で、大きく欠落しているものがあった。それは「人を信じる気持ち」というものである。
私は、人に対する警戒心があまりに強過ぎるきらいがある。これは先程から申し上げている恋愛恐怖の一言のみでは、説明しきれない事象である。
私は、自身の内面に蔓延るこうした諸問題の原因を、「愛着障害」の仕業だと考えている。私は幼少期より、他者と健全なるコミュニケーションを取る法を学べず、過剰に保守的な手段によって、人との関わる癖を持ってしまっている。
人に対して心を開けず、常に自分が傷付けられるのではないかという恐怖心から、人との間に高い壁を築き続けてしまっているようでは、その相手と情緒的な関係を結ぶことは相当、難しくなる。恋愛など、できるはずもないのである。
私が健全な恋愛をする上で最も向き合わなければならないのは、自身の内面に潜む「愛着障害」である事実にも、改めて認識させられるきっかけともなった。
そういった意味でも、今回の経験は非常に有意義なものだったと言えるはずだ。
さて、この連載を最後まで読んでくださった読者の方(ありがとうございます)の中には、私と同じような自己否定感や心の傷に苛まれ、次の一歩を踏み出すことのできずにいる方も少なくないと思っている。もしこの連載が、そうした方に何かしらの気付きや勇気を与えることができたなら、これ以上の喜びはない。本ブログの目的は、自己否定感を克服するための何かしらのヒントとなるものを、体当たりでお伝えすることだからである。
今後も、自己否定感からの克服のために有益だと思われる情報をお伝えしていければと思っている。
筆者のPairs奮闘記Season 3rdがあるかどうかは分からないけれど、もしあった際は、再度、本ブログにてその動向をお伝えしていければと思っている。その折はきっとこれまでの課題を克服し、今回よりも更に良い結果をお送りすることが、できるようになっているはずだ。
参考文献
1)岡田尊司『回避性愛着障害 絆が希薄な人たち』(2013) 光文社新書 pp.194-198
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次回更新記事
『自分は社会不適合者だ←それって愛着障害のせいかも』
(投稿日未定)
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始めてコメントさせていただきます。
たまたま訪れたブログですが、私と非常に境遇が近いと感じましたのでコメントを残したくなりました。
私は小学生の時に家族の自殺を第一発見者として目撃するなど複雑な環境で育ち、
以降は過食、自傷行為も10年ほど止められずにやってました。
そんなザマなので他人を信用できず、子供の頃から異性どころか同性との付き合いもひたすら拒絶して生きていました。
(執念で大学卒業⇒就職までこぎつけましたが、結局大学では一人も友達を作りませんでした、そして卒業後に卒業アルバムを焼き捨てるくらい自分の事も嫌いだった)
大人になってから自分の育ってきた環境のおかしさに気づき、
働きながらカウンセリングやセミナーに100万円以上使ったり、離れて暮らしている親にTELでやり場無き怒りをぶつけたり、そんなことを最近まで繰り返していました。
(というか就職したのも自立したかったからで、これ以上毒親の世話には一切なりたくないという思いだけで今日一日自殺せずに生き延びているような感じでした)
・・・余所のコメント欄で身の上話を並べるのもアレなのでこの辺にしておきますが、
マッチングアプリみたいな恋愛世界に飛び込むのは本当に恐怖ですよね、私のような身の上からすると。
私が初めてマッチングアプリ触ったのが2019年なのですが、年末にカフェで人生初のデートをして撃沈したのを思い出しました。
文字だけのやり取りだけならどうにかなったもののいざ対面すると、自分が相手と目を合わせていいのか分からない、自分の一人称は何と発言したらいいのかわからない(俺、僕、私・・・名乗り方にすら正解・不正解があるような気がしてしまって)
で、困り果てて相手とろくに会話せず凝視するように見つめてしまって、それを相手が怪訝に思ったのか怒り出してしまうという・・・
そこから先は頭が真っ白で、正直覚えていません。相手と別れた後、夜の新宿の街をずっと、翌日の始発まで呆然自失状態で彷徨ってました。
ただ、『ああ、自分には価値が無いという事について数万回目の再確認が出来た』 と感じたのをはっきり覚えています。
その後も数か月は意地でアプリ継続して2件のカフェデートをしましたが、私がより強固な守りに入ってしまって全くしゃべらなかったですね。
一切自分の事を話さないものだから、1回対面デートした後は相手が音信不通になるのがお決まりのパターンでした。
その後1年以上アプリでの活動を止めていたのですが、最近齢31にしてマッチングアプリに再チャレンジし、先日のGW期間に1年ぶりに女性とカフェデートしました。
少なくとも以前の私と比較すると、ずっと気楽にお話しできたかなって思います。
(でも自分のエスコートが合格点だったのかは全く分かりませんが)
このブログ記事の 戦績 項にある
>> ただ、私には人と健全な関係を築く上で、大きく欠落しているものがあった。それは「人を信じる気持ち」というものである。
私も同じ意見にたどりつきました。
そして相手側も同じように、こちらを信じていいのか悩みつつもまず1回目の対面デートをOKしてくれてたんだろうなって。
まだまだ前途多難ですが、自分にとって満足いく人生となるよう、お互い頑張りましょうね。
はじめまして。コメントありがとうございます。
“どのような環境で育つか”って、人格形成の上でとても大事なことですよね。あまりに偏った認知や対人関係の様式を持ってしまっていると、この記事のように何事も上手くいかなくなってしまう。
火山さんの体験読ませていただきましたが、共感できるところが沢山あります。正解・不正解に囚われすぎてしまうところや、自己否定が強かったり、他者不信が強かったりするところ等々。ちなみに私自身も、一人称を何に定めれば良いのか分からない、人と何を話して良いのか分からない、といった悩みを持ち続けています。
ところで(ここまでの流れをぶった切るような話になっちゃいますが)アプリでデートまで行けるの凄いですね。私はあの後「これ無理ゲだわ」と思ってアプリをやめてしまいましたから、尚更そう思います。
コミュニケーションに関しては、やはり改善に次ぐ改善が重要なのでしょうね。火山さんが最近にしてかなりの前進をされたようで、そのことに私はかなりの勇気を得ました。ありがとうございます。
仰る通り前途多難なことに変わりはないのかも知れませんが、「昨日より今日、今日より明日」をモットーに、自己改善を続けて、満足いく人生を手に入れたいですね!頑張りましょう!
s6be7k