私達を支配する無意識下の囚われ

最近、テレビを点けるようになった。昨年度は殆どテレビを観ることなどなかったのだが、今年度から一人きりの職場になったからだろうか、何となくリモコンを手に取り番組表を眺めてしまう機会が、格段に増えた。昨日も、録画していた『世にも奇妙な物語’19雨の特別編』を観てしまった。一体どういった風の吹き回しだろうか。『世にも奇妙な物語』は、確か私が高校生だった時分、たまたま実家のテレビに点いていたのを観たとき、そのあまりのつまらなさに呆れ、「金輪際、この番組を観ることはないだろう」と決意したはずだったのだが、本当に、どういったわけか、10年の時を経て、かつて絶縁を誓ったはずのその番組に自らにじり寄るなどという事態に至ったわけである。今の私が当時の私よりも、“非現実性”なるものに、救いを見出している証拠だろうか。さてその感想をここに述べたいのだが、私は昔から、“何らかの作品に対する感想を述べる”という芸当が、どうにも出来ないたちなのである。確かにその作品に触れている間は、何かを感じ、何らかの感動によって心が動いていたはずであったのに、それを言葉にするくだんになると、「面白かった」、「そうでもなかった」以外の感想が、どうしても口から出てこないのである。例えば友達と映画を観たとき。映画館を出て、友人と「面白かったね」と言い合うことまでは出来ても、「それでは何が面白かったのか」ということについて語ることは、全く出来なかった。これは西田哲学で述べられるような、「“感動”が意識されてしまった瞬間より、その感動の本質は失われてしまう」からなどという殊勝な理由からではない。ただ単に、感想を求められても、何が面白く、何が良かったのか、それを説明しようとしても、思考がフリーズし、何も考えられなく、何も語れなくなってしまうのである。その本質的な原因は、多分、多分であるが、「何か気の利いたことを言わなければ恥を掻くぞ」という、内面より生ずる心理的な脅迫のブレーキのためであると考えている。私はいつ頃からそうなったのか思い出せないのだが、どうも「恥を掻く」ことに関し、ひどく敏感であるように感じられる。大抵の人はこんなことどうにでも思わないだろうと考えられるような物事でさえ「恥辱」を覚え、要らぬトラウマを抱えているような人間に、私はいつ頃からか、なってしまった。従って、私は失敗とか、人様から否定を受けるといった経験を、徹底的に回避しようとする。その回避の一つと考えられる、この脅迫のブレーキさえどうにか出来たなら、私もその他大勢の人達のように、饒舌にテレビや映画等の感想を述べられるようになるはずだ、と考えている。ということで、今から思い切って、それを実践してみようというわけである。今からその心理的ブレーキペダルを、外していこうというわけである。さてその外し方だが、感想を述べる相手の対象に“自分自身”や“園児”、“赤ん坊”といった、自らの意見を否定しないであろう存在を設定し、その対象に向け、作品の感想を述べるようにするのである。これで、自らの発言が相手から嘲弄されるなどという無用の恐れを抱かなくて済む。こちらがどんなに間の抜けた発言をしようが「へえ、凄い」と言ってくれるような存在の設定が重要で、そういった対象が相手なら、自らの意見が否定される恐れを抱くことがないため、きっと遠慮無くスラスラと感想を述べることが出来るはずだ。以下の私の感想が良い例である。『さかさま少女のためのピアノソナタ』は、そもそも私がピアノ男子に憧れていたこともあり、危険と分かっていながらあの楽譜を何度もミスタッチ無く弾き、一人の少女を救った玉森裕太(の演じていた少年)を「素敵だ」と思ったこと、『人間の種』の物語は、この世に存在する、幸せになることを自ら拒否してしまう“幸せ恐怖症”なる人物を彷彿とさせ、しかもその要因が非常に切なかったのが良かった。おまけに、自身の利害を顧みず我が子に自己主張をするよう促し、それが出来たら褒めていた、あの親の温かみが刺さった。良い親だなあ、と、しみじみ思った。
※『しらずの森』についてはノーコメント。戦隊ものと大根の話は、今の私の頭では理解が追いつかなかった(特に大根。)ため、今回は省略する。
と、ここまで書いてみて、自分でも驚いた。以前は感想の全く出てこなかった私が、人目さえ気にしなければ、こんなにも語れることがあったのだ。もしかしたらこの試みは、世の感想の言えぬ人々の悩みをたちまち解決せしめる、画期的な大発見かも知れない。先人のいないことを祈る。心理的ブレーキ、恐るべし、である。

さて話が思わぬところへ脱線したが、私がこの頃テレビを観るようになったのは、多分日常生活における「刺激不足」が一つの要因ではないかと考えている。起きて、仕事行って、職場では洗濯、掃除、入浴、衣類等準備、時々料理、皿洗いという、刺激に乏しいルーティーンをこなす毎日。4月や5月初めの頃など、そう言えば今日、一度も笑わなかったな、などという日がいくつもある程であった。いや、刺激は実際、あることにはあるのだが、あまり面白味のない、表情の作りづらい刺激であることが殆どである。その刺激であるが、ざっくり言えば、私の親切が、仇となって返ってくる(まあ、これは仕方の無いことであるのだが)事態の繰り返しというのが、その主たる内容である。具体的な内容について今語ってしまうことは確実に時期尚早であるように思われるので、時期が来たら、その内容を記事にしてまとめ、投稿したい。良い記事になるはずである。
「親切」と言えば昨日、吉行淳之介の『無作法のすすめ』の『紳士契約について』の一節に以下のような主張があり、思わず笑ってしまった。この主張は、著者がある女性の不遇に同情し、その女性のために、「捨てる気持ちで」お金を送ったところ、残念なことにその厚意を踏みにじられ、思わず憤慨したという体験の描写の後に綴られたものである。

しかし、落ち着いてよく考えてみると、私が腹を立てたのは、「紳士」としての覚悟において不十分のところがあるためだと反省した。私は、やはり無意識のうちに、彼女たちの感謝を期待していたようだ。それが、いけない。
「他人に親切にしようとおもうときは、それが二倍の大きさになって手痛くハネ返ってくる覚悟が必要」
なのである。
その覚悟において欠けるところがあったらしい。
出典:吉行淳之介『無作法のすすめ』

この主張は私の『真の優しさ』で記述した内容と酷似していて、ああ、自分以外にもこのような考えを持っていた人がいたのか、という親近感が、私の笑いを誘ったのであった。人様に親切を施す際は、寸分たりとも、下心を持つ勿れ。この哲学が無かったら、私はとっくに、その(厚意を踏みにじるような言動をとる)施設利用者に愛想を尽かせていただろう。己の精神的成長は、斯くの如く、身を助く。
話を元に戻す。これは先月中旬のことであったのだが、鏡に映る自分の顔から覇気が消え失せたような弛みが生じ、幾分老け込んだ印象を与えているのを目の当たりにし、愕然とした日があった。私はその原因をあれこれ考え、結局、日常の刺激不足による表情筋の衰えに帰着させた。そこで日中、何も面白くなくとも定期的に笑ってみせることをはじめとし、色々と表情を動かす機会を意図的に作り出し、日々堅実に実践していった。結果、その努力が実を結んだお蔭なのか分からないが、どうやら謎の老け込み現象は、6月11日現在、なりを潜めたように見受けられる。昨日私は久々に、生き生きしている自らの表情を見、ホッと安心したものであった。職場の愛想笑いにも、「己の若さを保つ」という重要な意味が、あったのだ。

グループホーム勤務における「刺激不足」や「孤独感」はやはり私以外の社員も感じていたようで、先日は同僚の一人が、鬱状態となり休職することになった。その原因は色々と考えられるが、やはり「服務中の孤独」は体調不良の一因であるようだった。私も出勤前のあまりの気怠さから、自身の日記帳に「中学生の修学旅行前夜のようなわくわくした気持ちをもう一度味わいたい」といった文章を書き殴ったことがあった。最近、と言ってもここ半年くらいの話だが、私の中で「人生は結局のところ、楽しんだもの勝ちなのではないか」といった考えが、「真なるもの」として捉えられるようになってきている。「人生は辛い」とか「社会は厳しい」という既成の価値観は、実は誤りなのではないかという疑惑が、沸き起こってきている。私は幼少期より、「人生は辛いものだ」とか、「辛いことを耐え抜くことが大切だ」、「社会人は苦しくて当たり前」、「世の中そんなに甘くない」、「苦しいことから逃げたら後で必ず苦労する」といった教育を、『アリとキリギリス』の寓話よろしく刷り込まれ続けて育ってきたので、それまで上記の考えに対し異論はなく、寧ろ肯定的に見ていたのだが、どうもこの頃、それは必ずしも正しくないのではないかといった疑問が頭の大半を占めるようになってきた。寓話中のキリギリスは、果たしてその手に持つ弦楽器で生計を立てることは出来なかったのだろうか、その遊びをを何らかの形で昇華させ金銭に換えることで、冬を越えることは出来なかったのかと、考えるようになった。今の私は周囲の、世の辛苦を耐え抜き安定なる生活を得た真人間の脅しに怯え、会社にしがみつくという方法で収入を得ているわけだが、それでもやはりサーチしてしまう情報と言えば、複業(副業)関連、フリーランス関連、「会社勤めの時代は終わる」だの「インターネットの発達によりこれまでのビジネスモデルに囚われぬ働き方が出来る」だの「これからは個の力が強くなっていく時代」だのといった情報ばかりである。私はこちらの潮流に従った方が、何となく自身の幸福に直結する生き方が出来るような気がするのである。恐らく私は今後こちらの道に手を出し、その道で健全に生きられる方法を模索していくのだろうが、その時は、今の会社を辞めることになるであろうし、その先に待っているのは転職による会社員生活の再現では勿論ないだろう。会社に自らの桃源郷を求めるのは、非常に困難である。恐らく私にとって、会社勤めのまま定年を迎えることはすなわち、幸福の放棄である。「自分のような人間が雇って貰え、収入の確保できる道があるだけで幸福だ」と考えていた大学時代と比較すると随分贅沢な主張であるが、「人生は楽しむものだ」という価値観が脳内を染め始めた今、外野の声に惑わされず、自らの意志で自身の生きる道を模索していきたいと、考える機会が増加した。そんな半年であった。

導入で少し触れるだけにするつもりであったテレビの話が思わぬ形で盛り上がってしまい、本記事で書こうと思っていた本論への接ぎ穂を失った結果、結局予定していた内容については何も書けず、以降は何のプランもなく徒然なるままに言葉を紡いでゆく文章になってしまった。しかし思いもよらず、「感想の出てこない現象」に対する一つの解決策を提示できたのは嬉しい誤算であった。是非、「感想が出てこない」といった悩みの方に実践していただきたい方法である。無意識下の抑圧は、想像以上に、私達の言動を縛っているのかも知れない。




2件のコメント

  1. お久しぶりです。いつも記事更新を楽しみにしていますよ!

    「さてその外し方だが、感想を述べる相手の対象に“自分自身”や“園児”、“赤ん坊”といった、自らの意見を否定しないであろう存在を設定し、その対象に向け、作品の感想を述べるようにするのである。これで、自らの発言が相手から嘲弄されるなどという無用の恐れを抱かなくて済む。こちらがどんなに間の抜けた発言をしようが「へえ、凄い」と言ってくれるような存在の設定が重要で、そういった対象が相手なら、自らの意見が否定される恐れを抱くことがないため、きっと遠慮無くスラスラと感想を述べることが出来るはずだ」

    ということに関して…

    私もやはり元来周りの人の目を大変伺ってしまう性格であるため、自身を(精神的な苦痛なく)さらけ出すための思考法はよく考えるのですが、難しいところですよね。
    私の場合は、最近は「10人の内5人に好かれ、5人嫌われるのが本物の賢人である」という孔子の言葉を、心に刻み込んでいます。今回の記事の映画の例で言えば、感想を率直に話したい!というモチベーションを苦痛なく達成させるために、意識的に、「10人いたら5人に否定されて良いのだ。むしろ、そういう意見でなければならない!」と心に刻んで、思った通りのことを話します。そういう考え方であれば、その場で失敗してしまったと感じても、むしろそれを好印象なものとして残すことができます。
    「人生は結局のところ、楽しんだもの勝ちなのではないか」
    私もこれには完全に同意見で、あくまで「自分の中で」楽に生きれる考え方、発想ができたならそれで十分なのだと考えています。夢の中では、自分が夢の中にいるとわかりません。現実だと思い込み、実際は虚な空間であるのに、真実のように喜怒哀楽を感じます。それと同じで、自分の脳内での解釈は、ある意味それが真実になりうるわけですから、そういう意味で「人生は結局のところ、楽しんだ(と錯覚した)もの勝ち」という意見に同意するわけです。そう考えたときに、楽しみ(の錯覚?)を増やすための考え方として、先ほど述べた「10人の内5人に好かれ、5人嫌われるのが本物の賢人である」というのは周りを気にしてしまう人にとってはいい処方箋になりそうな考え方の一つだと思っています。(フクロウさんの、対象を赤ん坊等だと考える、という発想はしたことがなかったので斬新でした!)

    1. お久し振りです。いつも有難うございます!自分の特質を社会に適合させるための考察はやはりよくしますよね!
      10人中5人の話は私もどこかで聞いたことがあり、一時期実践しようとしたのですが、どうも難しかったです。私の場合は「対象赤ん坊戦法」が現状、より有効かも知れません。まずは「意見が無い」「感想が無い」という状況からの脱却が鍵ですね。更に踏み込んで「自分の思ったことを表に出す」となると、その時の自身の自己肯定感が大きく関わってきますよね。私は就職してから、一日当たりに覚える自己否定感の割合が減り、大学時代よりもすこーーーしだけ、発言することに対する抵抗が薄らいできているのを感じます。
      人生楽しんだもの勝ち仮説はやはり正しいですよね。キーワードは「自分らしさの発揮」といったところでしょうか。10人中5人の考え方や、赤ん坊戦法等、様々の工夫、思考を凝らすことで楽しく人生を送れるように努めていきましょう!

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